各期活動四期同期会報告

《これからどうする、同期会!》

今年は4期生にとって傘寿の年。昨年10月27日、ホテル横浜ガーデンに31名が集まった。定刻2時に開会。冒頭、逝去されたブルカ先生はじめ赤倉君、楠君、武内君を偲んで黙祷を捧げた。
《プログラム その1総会》の部では同窓会および同期会について四期事務方の鈴木宙明君から報告と提言があった。同窓会の4期委員が狩野・合田・杉浦・宙明の4名に変ったこと、同窓会長が30期の山田氏に交代したことなどの報告があり、70周年記念事業の新校舎の見学が勧められた。事務局の課題としては、同期生への連絡方法について、メールへの反応が鈍っておりFAXの通信効率も低下しているので、時代に適合した情報伝達の手段を考えたいこと。
次いで、同期会の来し方行く末について話すよう指名された狩野君からは、2001年以来毎年開いてきた同期会を今後「①《開催頻度》:傘寿の年齢に達したからこそ今後も毎年開催するのが望ましい。②《会場》:固定することにより高齢者には間違いが少なくなるであろう。③《時期》:寒くなる晩秋よりも初秋の方がよかろう。④《幹事》:同期会について要望や提案のある者が幹事になればいいのではないか。」との提案があり、反対意見は出ず、今後はこれをベースに具体化が計られることになろう。
これからの4期の同期としての運営については、梅津が「今日まで纏まりが維持され、滞りなく行われてきたのは偏に宙明事務局のお陰なので感謝をしたい、また今後も宙明さんの世話になりたいと皆も内心思っているのではないか。今後とも四期委員からの提案や協力要請には自薦他薦で積極的に応じ、せめて事務局からの諸連絡にはマメに応えることにしまよう。」と述べ、大きな拍手が起った。
《プログラム その2パーティー》は仙台から参加の渡辺誠樹君の乾杯に始まり、酒肴と会話で心満たされる時を楽しみ、指名された5名のスピーチを拝聴した。草野君「剣道に今も励んでおり、現役の学生(主に女子学生)とも手合わせをしています」。森高志君「子供の頃は母にピアノレッスンに行かされるのに反発していたが、今では感謝しており、今度リサイタルを開きたい」。岡君「30年間の設計事務所の経営も終り、ストレスから解放された。今でも横浜教区の建築関係に関わっており、ボケ防止になっています」。本谷君「10年間鎌倉でイタリアレストランを経営した後、料理とワインを楽しむツアーを企画し、イタリア全土を回った。半年前に伊豆の高齢者用マンションに転居」。ドクター志村「健康維持のためにはこの歳になっても筋力の維持が大切だが、長い目で見ればジムに通ってトレーニングするよりも、歩くことで筋力を保つ方が長続きする」。
3時間の会は、浅羽君による傘寿記念集合写真の撮影後、予定されていた校歌を歌うのも忘れて賑やかな中で散会となった。余韻の残る同期会であったためか、二次会には呑み足りない11名が参加し、恒例の《ケーブルカー》へ。談論風発、痛飲した模様。

梅津尚志(4期)

《これからどうなる、同窓会?》

全員傘寿の4期生は2017年も同期会を開けました。毎年のプログラムはほぼワンパターンとはいえ、節目の年では特別企画も加味してきました。 例えば、養老孟司君の講演『栄光のカベ』を入れたり、長浦湾クルーズで田浦の母校跡を望んだり、夫人同伴可にしたり、四期ホームページ連載の60余名の『リレー随想』を冊子にしたり、想い出写真集DVDを配布したりして、愉しみました。4期同期会(現在109人)には年会費も会長も会則もありませんが、会計としては任意拠金のFUNDを擁して、メンバーの慶弔や同期会企画に対応してきています。栄光の教壇では、碇井先生や梅津先生が4期生です。
同期の間でよく出る話題に「同窓会のこと」があります。私たちが学んだのは田浦の校舎、卒業したのは60年余り前でした。しかし80歳の声を聞く1~5期生あたりでも、まだ半数以上がご存命です。その意味で、栄光学園同窓会は、《同窓会》としてはまだまだ《発展途上段階》といえます。
そもそも《同窓会》とは、同窓を懐かみ愛おしむ余裕が大幅にひろがるシニア・メンバーに、関心や関与や参画が偏り気味の存在といえそうです。一方《若い期》がこの数年まったく同期会を開いていないことや、名簿やEACONに住所や勤務先情報が載っていない栄光卒業生がとても多いことに気づきます。「それどころじゃない」のか「そんな時代じゃない」のか「同期/同窓の意味が違っちゃった」のか「やりたがる奴がいない」のか「《栄光らしさ》のせい」なのかは判りませんが・・・。同窓会の執行陣も「活性化」を叫んで模索を続けているようですが、栄光学園同窓会は《1期生以降の全期が協働できる土壌がまだまだある》ということを自覚して、同窓会の「ありかた」や「やりかた」を見つめていきたいものです。

鈴木 宙明 (四期事務局)