寄稿投稿八期、この一冊

上智大学外国語学部ロシア語学科教授だった8期宇多文雄には十数冊の著書がある。ロシア語の文法書・教科書、ロシア・ソ連の政治や歴史に関する研究書、そして本人が「道楽モノ」と呼ぶ、旅行や料理などに関するものからなる。ここで紹介しようとするのは、言うまでもなく第3のカテゴリーに属する1冊である。この類の本ではペンネーム小町文雄が使われている。『グルメの教養 「食の子ども」から「食のおとな」へ』(小町文雄、アーバンプロ出版センター、2016年)。
題名どおりの内容の本である。食のプロでも研究者でもないくせに、料理とは何か、味覚とは何か、フランス料理とは何か、和食とは何か、などを真正面から論じ、食と料理に関する名著を紹介し、自宅でのパーティーのメニューから演出までを示している。「道楽モノ」としてはなかなかの「野心作」である。
しろうとのくせに、という批判には「自分はアームチェア・ガストロノームだ」という逃げ口が用意されている。部外からの見物人である、ということを隠そうとはしない。とはいっても、内容の性格上解説だらけになり、職業癖もあって、上かの目線になりがちになる。この点は、全編を「姪の美沙ちゃん」に教えきかせる形をとって居直った形だ。この2点を受け入れるなら、けっこうおもしろく読めるのではないだろうか。
宇多との付き合いは長いが、彼が料理を始めたのは50歳を過ぎてからである。それまではただの食いしん坊にすぎなかった。あるときから佃煮だの、干物だの、燻製だのを自分で作るという妙なことに凝りだし、本格的なコース料理、パーティー料理を作るまでになった。我々同期の集まりも時々恩恵にあずかったが、長いこと教え子の集まりを主宰し、腕を磨いたらしい。何回も呼んでもらったが、その度に違う趣向が凝らされていた。
いざ始めると、多くの男性にわかコックと違って、包丁をはじめとする道具類を集めたり、魚のさばき方に挑戦したり、一日かけて手間のかかる凝った一皿を作ったりする方向でなく、怪しい手つきながら手抜きで本格的なコースを作ってしまう方向に進んだ。「おれのは料理というよりも、ディナーやパーティーのプロデュースだ」と本人は言う。その辺のことは本書の最後の2章にまとめてある。
私に言わせると、この本の魅力のひとつは「読むガストロノミー」と題された文献紹介である。文献とは言っても硬いものではない。谷崎潤一郎から漫画家の東海林さだおまで、調理人だけではなく、作家、研究者などが書いたさまざまな食物、調理関係の書物の紹介である。ふつう文献紹介というと書名の羅列になるが、ここでは取り上げる書物すべてから、数行ながら引用し、解説をつけてあるから、本当の意味で紹介となり、たくさんの本を読んだ気になるし、ちゃんと読もうか、という気にもなる。。
ふつうの食道楽家はあまり理屈を言わない。いわゆる食味随筆は、理屈っぽくなるのを避けて、何とか味の法悦を伝えようとする。研究書・解説書を書くのは専門家である。中年を過ぎてからこの世界に踏み込んだ宇多は、その辺をごちゃまぜにして「グルメの教養」なる世界を描き出した。これも本人の理屈っぽい性格の現れなのだろう。

天野 芳文 (8期)

『グルメの教養 「食の子ども」から「食のおとな」へ』(小町文雄、アーバンプロ出版センター、2016年)