寄稿投稿22期、この1冊

22期は今福龍太君の執筆した「宮沢賢治 デクノボーの叡智」(新潮選書)」を紹介します。
この本は、2019年9月25日に新潮社より発行され、第30回宮沢賢治賞と第18回角川財団学芸賞を受賞していますが、宮沢賢治の著作の足跡と背景を詳細に解析した長大な論文とも言えるもので、かなり読み応えがありますが、読後には高い山を登ったときのような達成感がありました。この本を知るためには今福君のバックグラウンドを知る必要があると思いますので、まず簡単に紹介します。今福君は、本校卒業後、東京大学法学部を卒業。その後は、メキシコ湾からカリブ海周辺、南米にて、文化人類学を中心とした研究活動を続けたのち、札幌大学教授を経て、2005年より東京外国語大学教授に就任しました。また、2002年より、「奄美自由大学」を創設し、主宰しています。私は、今福君とは、高校卒業後以来会っていませんでしたが、ちょうど今福君が、東京外国語大学教授になる直前の頃、私が横浜市大病院に勤めていることを彼が知って、今福君のご家族のことで相談を受けたことがきっかけで、しばらくぶりに再会しました。それから、55期の長男(菅野亮)が東京外国語大学へ進学して、今福君にお世話になったり、横浜市大へ来て、講演してもらったりしました。 そんな縁もあって、今福君の著作は、何冊か読んできました。今福君の本は、どれも力作ばかりで、難解なものもありますが、ここで紹介する『宮沢賢治 デクノボーの叡智』は、比較的分かりやすく書かれていて読みやすく、最後まで一気に読み通してしまいました。この本では、イーハトーブと名付けた賢治の理想郷の岩手県の自然に対する畏敬の念が、宮沢賢治の作品にどのように反映されているか、詳しく書かれています。山、海、風、宇宙、石、熊などの自然に対する畏敬の念と北への憧憬が、賢治の作品には根底にあります。海に関しては、はじめて賢治が太平洋を見たときにちょうど同時代にタイタニック号が大西洋で難破したことに思いをはせ、「銀河鉄道の夜」の中でも大西洋で遭難した船に乗船していた人物を登場させています。山に関しては岩手山がかつて噴火した火山であることで、その存在を捉えています。賢治の作品のほとんどは未完ですが、その典型として、有名な「銀河鉄道の夜」があります。この作品は、賢治の憧れの北方の地であるベーリングへの旅をモチーフにしたものですが、「北」という方角は、何か人を引き寄せるものがあるようで、それが、「氷河鼠の毛皮」でも憧憬の地への旅として描かれています。また、作品の背景を今福君の豊富な知識に基づいた多くの文献を引用しながら、今福君独自の視点で詳しく考察しており、科学論文のような感じになっています。宮沢賢治の作品として、もっとも有名な「雨ニモ負ケズ」の詩に書かれている「デクノボートイワレ、---- 、ソウイフモノニワタシハナリタイ」という逆説的な愚者への願望がありますが、これは、賢治の謙虚な悟りに近い願いなのかもしれません。賢治の自我は、みずからの「農の人」としての実存を、アメリカへ渡った清教徒たちに軌跡に重ね合わせようとしています。賢治の詩に関しては、この本では「春と修羅」ついて、詳しい考察がなされていますが、その詩は、賢治世界を視界する上で重要と思われます。この本の最後の章で、賢治が自分の「死」が迫ってきたときの、賢治の心境が作品を通して解説されています。賢治は、生物学者であるヘッケルの生命哲学から導かれる原理を「万象回帰」と呼び、先に亡くなった妹への思いを自身の「不死」への夢に重ねているようです。

菅野 洋 (22期)

今福龍太著「宮沢賢治 デクノボーの叡智」