この小文は拙著「認知症のブレインサイエンスとケア-アルツハイマー認知症は抗ウイルス薬で予防できる」二〇一一年かまくら春秋社発行を紹介したもので、認知症を来たす疾患とケアについて記したものです。中でも最も読者に伝えたい想いに駆られたのは「不治の病いとされてきたアルツハイマー認知症は感染症で予防や治療が可能」という知見です。ケアについては系統的に記述されている英国キットウッドの著書に準拠しました。
アルツハイマー認知症は原因不明の変性疾患でなく、感染症で予防可能であるという概念は、一九八二年カナダの神経病理学者が、病変がヘルペスウイルス急性脳炎と同じく辺縁系に生じることに着目したことに始まります。二〇一八年台湾から「この概念を実証する最初の決定的疫学研究」がもたらされます。
アルツハイマー認知症の主な病原菌、口唇ヘルペスウイルスは若年に初感染が起こり、高齢では全員が感染しています。ウイルスは初感染で三叉神経節に潜伏し、その後の再感染で三叉神経「節」から脳幹にある三叉神経「核」、更に辺縁系へ伝染します。この再感染が繰り返されて脳がダメージを受け続けるとアルツハイマー認知症が発病します。アルツハイマー認知症の病理所見はこれに一致し、長い潜伏期を経て発病する病気であることを裏書きします。高齢になって発症するかどうかは「再感染の頻度」と、再感染時に「抗ウイルス薬で治療」されたかどうかで決まります。
一方、既に発症した人の治療に関しては、早期アルツハイマー認知症のステージで抗ウイルス薬の効果をみる第二相治験が米国老化研究所で組まれています。中間報告によれば、偽薬群では七八週で一五%認知能低下が見られたのに対し、抗ウイルス薬服用群では低下が見られず、PETでも有意差を認め、第三相治験に進むのに十分な成績が得られました。
ここでアルツハイマー認知症について記した知見は、現在、専門家を含めて殆んどの人が知らない状況にあります。一刻も早くこの知見が広まり、アルツハイマー認知症が激減する時代が来ることを私は切に願っています。
松下 哲 (2期)