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歴史・文学散歩学園都市、花とせせらぎの道を行く

実施日:2017年9月26日(火)

歴史文学散歩に初めて参加した。孫娘が今年卒業した慶応藤沢キャンパスを訪ねるとのことがきっかけ。親バカならぬじじバカである。9月26日小田急湘南台駅に集合、女性6名を含み、19名が集まった。その多くは互いに旧知の間柄、3期の佐伯さんが最長老だった。
駅前から2台連結の大型バスで慶応大学前バス停に、正門の外にある、新築の湘南慶育病院、慶応看護学校を見、学校内に。本校は藤沢市の北西部に慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)として1990年に設立された。日本の大学の中で先陣を切って大学改革に着手し、その多種多様なアイデアは多くに大学の手本となった。日本におけるインターネット(Japan University NETwork: JUNET)の起源としても知られている。
学内は広大な敷地に各学部の建物が点在し、かつて息子が留学していたヨーク大学を思わせる(規模ははるかに小さいが)景観だった。昼食は学食で。私の学生の頃の学食のイメージとは違い、しゃれた食堂にしゃれた料理を堪能した。
続いて小出川の彼岸花コースの散策、大国橋から追出橋までの小出川に沿った約3キロメートルの彼岸花の群生、やや盛りを過ぎていたがまずまず見られた。この川は「花とせせらぎの道」として地元の「遠藤まちづくり推進協議会」が主体となって環境整備と日常の管理が行われているという。
ここから小高い位置にある腰掛神社へ、細い山道を通りたどり着く。さすがに先導してくれた三春さんの十分な事前の調査に感心する。その頃になると疲れが出、列が長くなり、後発の人々と離れてしまったが彼らは普通の道を通り、ともかくも無事に全員集まりまずは安堵した。
小出川の出発点に戻り、9月とはいえ快晴の残暑で搔いた汗を冷やし、次の目的地寶泉寺へ。山門からの長い階段を上って広い境内にたどり着く。客殿、本堂、観音堂、閻魔堂など多くの建物があり、境内の森は「ふるさとの森」として藤沢市の指定を受けている由。またそこには思いがけなく10メートルもの高さの大仏まであった。 そこを出てバス道に着き、やっと終わったと思ったら三春さん「まだありますよ」とのこと。何人かはそこから帰宅したが、一同は普通の住宅地を通り、普通の住宅の玄関に挨拶し、その庭の右手にある文覚上人供養碑を見た。
文覚は、もとは遠藤盛遠という北面の武士であったが、誤って摂津渡辺党の源渡の妻袈裟御前を殺してしまい、出家して文覚を称した。その後、神護寺の再興を思い立ち後白河法皇に強訴したことにより伊豆国へ流された。『平家物語』では……同じ頃遠くないところに流されていた源頼朝に、「謀叛を起こして全国を従えるように」と促し、ためらう頼朝に後白河法皇から賜った院宣を持ってきた。頼朝はこの院宣を掲げて挙兵したと伝えている。
ここでようやくバスにて湘南台駅まで、そこで終了解散。まだ3時台なので飲み屋は空いていない。そこで定番なのがそば屋、近くに6期鈴木氏のなじみのそば屋がありそこで乾杯。歩いた後はこれに限る。

合田 純一 (4期)