2018年12月15日、栄光学園小講堂にて「栄光OBフォーラム」が開催されました。筆者は当日、パネルディスカッションのモデレーターを務めさせていただいた流れで、今回のイヴェントのご報告とロシアにまつわる話題を書かせていただきます。
今回のフォーラムは「ロシア・ワールドカップは世界を変えるか!」という、スポーツとロシアをダブルテーマとしたものでした。両要素とも、栄光卒業生にはあまり馴染まないとも思えるのですが、このテーマでのフォーラム開催を快諾いただいた同窓会には改めてお礼を申し上げます。
この企画の原点は、2018年7月にワールドカップ取材のためにロシアに長期滞在中だったサッカー評論家大住良之さんと、ロシアビジネスコンサルタントの菅原がモスクワで出会ったことに遡ります。
共に18期で、サッカー部に在籍した仲間として食事を共にしながら、サッカーについて、ロシアについて語るうちに、いつしかこんな話題を二人で独占するのはもったいない、友人たちにもう少し広くアピールできないものか、というイヴェントの相談になりました。
帰国後、栄光同窓会に相談に出向いた菅原は、同窓会の山田会長、増木副会長からちょうど2018年度のテーマを探していた「栄光OBフォーラム」で取り上げようというご提案を受け、今回のフォーラムが急遽実現する運びとなりました。
早速、パネルディスカッションが企画され、登壇者の選択に入りました。同窓会会長、副会長をはじめとする主催者側とスポーツジャーナリズム業界の先駆者である大住さんのおかげで、福林徹先生(14期)、玉木正之さんはすぐに決まり、そこに大住さんご自身と菅原が参加することが決まりました。
具体的なフォーラムテーマは、大住+菅原にて骨子を作り、山田+増木両氏の見解を加味して、「ロシア・ワールドカップは世界を変えるか!」に決定、具体的な準備を始めました。
12月15日のフォーラム当日は、まず大住さんが講演し、今次ワールドカップ運営の面白さや日本代表団にまつわる逸話など、取材活動から垣間見た話題の紹介がありました。取材活動そのものも、危険と隣り合わせだった南アフリカ大会、ブラジル大会に比べると、ロシア大会の第1の特徴は意外なことに「安全性」。スタディアム内外から、移動中の交通機関、宿泊地の民宿まで、自身の身の回りについてなにも心配する必要がなかったことは特筆にあたいする、とのことでした。
今回のワールドカップにおけるもう一つの特徴は、ファンIDの導入とファンに対する各種サービスの無償提供により、試合見学者の観戦コストが大きく低減した点。大住さんは、今回ロシアで使用したファンIDの実物を持参、また登壇者全員に特別に作成されたカードをプレゼントしました。今回の大会でこのIDカードは、大きな仕事をしたとの彼の感想は、年間なんどもロシアに行き来する菅原からみても全く同感です。まず、海外からの訪問者に対して入国時にはVISAとして機能します。通常、大変面倒なロシアへの入国手続きがW杯期間中は(その後、年末まで効力が延長された)IDカードで簡単に済ますことができました。また、試合地間の移動手段や、試合地での市内交通は、このIDカードを示すことで、無料で利用できました。大住さんの仲間のサッカージャーナリストからは、今後もW杯はいつもロシアで開催、という妙案(?)も出ているとか。やはり、これはロシアが国として大会に関与したおかげでもあり、そうそうどこの国でもやれることではないと思われます。
大住さんの基調講演のあとは、パネルディスカッションに入りました。登壇者は、栄光13期生で東京有明医療大学特任教授の福林徹先生、スポーツ文化評論家の玉木正之さん、さらに大住さんを加えて、合計3名のパネルとなりました。モデレーター兼ロシア問題コメンテーターとして、菅原が司会をさせていただきました。
このパネルでは、最近のスポーツ界全体を揺るがすドーピング問題がまず論議されました。陸上競技や水泳などオリンピック競技におけるドーピングが大きく取り上げられますが、サッカーなど、それ以外のスポーツでも実態は同じであって、今回のW杯サッカーでも、その検査は大変厳しいものがあったそうです。
最近のドーピングケースの増加は、検査方法の精密化によるところが大きく、従来の方法では探知できなかった薬物も、最近では検査で引っかかるとの指摘が福林先生からありました。常時服用しているような風邪薬でさえ、ドーピング検査では問題視されることもあり、今後のスポーツでは選手だけでなく、コーチ、監督など周囲の関係者全員のドーピングについての認識が深まる必要がある、というご指摘でした。また、旧ソ連や東ドイツのような国家を挙げてスポーツ選手を育成する場合、選手の健康や将来を無視して、現状でのベストを求めるあまり体制として薬剤を使用していた時代があったのですが、現在は国家がスポーツビジネスに置き換えられて、再び選手を消耗品とする動きが見えかくれする時代にはいったという警笛もありました。年が開けると、フィギュアスケートのロシア女子選手から、現在も薬剤摂取が続いているかのようなコメントが報道されたり、引き続きロシアのドーピング問題はあとを引いているようです。
玉木氏からは、ご自宅が栄光に隣接する玉縄のため、いつも栄光を気にしながら校門を通過されている、今回のシンポジュームではその栄光に招かれ、喜んで応じたというようなご紹介がまずありました。玉木さんとロシアとの関係は古く、1991年2月に最初の訪露取材をされたと言います。ちょうど昨年11月に、日経新聞「こころの玉手箱」に連載記事を寄稿され、そこに91年のロシア取材の結果を書かれています。モスクワのトレチャコフ美術館で見ることができずに残念だったと玉木さんが書かれているクラムスコイの「忘れ得ぬ女」、これがまさにこの原稿を書いている本日現在、渋谷のBUNKAMURA美術館で展示されているのですから、日露関係も進化したものです。
今回のフォーラムは、今後の日露関係の方向を示す先駆的な役割を担う記念すべきイヴェントだったと言えるのではないかと考えています。この原稿は、1月22日、安倍首相とプーチン大統領のモスクワで行われた25回目の首脳会談の結果を踏まえた上で書いています。領土問題は、両首脳間で何度話をしても、まったく議論が深化する様子はなく、逆にますます迷宮に迷い込む有様。首脳会談25回という数字はまったくの自己満足としか言えません。日露経済活動といっても、その中にどっぷりつかっている筆者から見ると、スタートしたプロジェクトは多数あっても、うまく動いているものは皆無。唯一、復活ペースにある中古車を含む自動車輸出とロシア産エネルギー資源の輸入により、年間200億ドルという輸出入ベースは確保したものの、経済協力の結果と称されるものは見る影もありません。
そんな中で、今後の日露関係をリードするであろう分野は、スポーツであり、文化であり、芸術の世界です。今年後半の日本スポーツ界の最大イヴェントは、ワールドカップラグビーだと思われますが、日本チームの開幕試合は、対露戦の予定です。1980年代後半、新日鉄釜石のラグビーチームが初めて当時のソ連を訪問し、ソ連チームと親善試合をして以来、日本チームは何度もロシアを訪れて試合を重ねています。このため、日本チームはロシアを、そしてロシアチームは日本のそれぞれの特徴を捕まえており、期待度の高いゲームになりそうです。
芸術でいえば、先述のトレチャコフ美術館展のようなロシア絵画を中心とした展覧会は、日本ではもう珍しくもありません。また、バレエについて言えば、モスクワのボリショイバレエ学校には毎年30名近い留学生が日本から入学し、ペルミのバレエ学校は東京郊外に姉妹校さえ開校しています。なにせ、ロシアを抜いて世界一のバレエ人口を持つ日本のことですから、ロシア人のバレエ教師の日本通いもますます増えることでしょう。
フィギュアスケートの世界、特に女子は日本とロシアが支えているといっても過言ではないでしょう。最近、ザギトワとメドベージェバというスーパースターをスマホゲームのCMに起用したというニュースが流れました。そこには特にロシア人というクレジットもなく、この二人はすでに日本においてロシアという国家を超越した存在として、将来あるべき日露関係を暗示するサンプルのように見えます。
フィギュアの競技会がロシアであるたびに、日本からは大量のファンが現地に向かい、JALのモスクワ線は空席待ちが出る始末です。その結果、この春からJALモスクワ線は年間を通して毎日運行することになりました。まさに、スポーツ、文化芸術が日露関係をリードし、経済はその後を追いかける、という姿です。
そんな意味で、スポーツ文化芸術を縦横に語れる3名のパネリストを得た今回の「栄光OBフォーラム」は、政治に頼らない今後の日露関係を論ずるための第1歩となったのではないかと、企画者として自負しております。
その日は夕刻より大船の駅ビルにある三笠会館にて、18期のミニ同期会が開かれました。サッカー部を中心とする面々の中には、遠く倉敷から参加してくれた伊藤雅さんや沼津の小野さんなど、久々に会う懐かしい顔や、内田さんのお嬢さんでシンガーのマヤさん、大住さんを慕うフットアーティストのジュンさん、さらにはクロアチアプロリーグで活躍中の甲斐友基選手などがゲストとして参加、まさにサッカーが繋ぐ一晩になりました。こんな素晴らしいリユニオンを可能とし、皆さんにロシアについて少しでも考えていただける機会を作ってくれた「栄光OBフォーラム」と同窓会山田会長、増木副会長はじめ、関係者の皆さんに厚くお礼を申し上げます。
菅原 信夫 (18期)